漫画・縄文の食卓

5000年前の青森三内丸山に暮らす縄文人が、津軽の方言で会話する漫画『縄文の食卓』

縄文の食卓

縄文人はお化けが怖くない?

kazuyacoda

 

 

今日はハロウィン。僕ら日本人にとっては、文化的に何の関係もないかもしれませんが、お遊びとしては年々徐々に盛りがってきている感じでしょうか。

 

ハロウィンは秋の収穫を祝い悪霊を追い出す、ケルト由来のお祭りだそうですが、今では単にお化けの仮装をして楽しむイベントになっていますよね。

お化けって、要は幽霊とか怨霊とか人の死にまつわる話が裏にあると思うんですが、その辺から、僕が個人的に思っていたことに話を繋げていこうと思います。

 

そもそも「お化け」って言い方は、見えないものを恐れる、死者の霊を恐れる、そういう感覚がありきの話だと思います。見えない世界の話ですから、信じない人からしてみればバカバカしい話で終わります。

それでもなんだかんだ言って、墓所は住宅地から離れたところにしたり、夜は墓場に行かない、葬儀の後はお清めの塩を渡すなど、とかく死者の存在を恐れ、もはや通念化しています。現代人にとって死は不吉なワードです。

 

でもふと思い浮かんだのは「縄文時代って、竪穴住居のすぐ近くに墓あったよな?」と言う事。

 

そうです、三内丸山遺跡に見学に行ってみればすぐにわかります。

縄文人が住んでいた住居跡のすぐ近く、いや、家から見える場所と言っても良いくらいの所に、亡くなった人のお墓があります。なんでそんな場所にお墓あるのでしょうか。死者を恐れる現代人の感覚からすれば理解できません。

 

この話から見えてくるのは、縄文人は死を不吉だと思ったり、死者を嫌ったり恐れたりしない、ということになるんじゃないでしょうか?そうでなければ、家のすぐ近くに墓を作りませんよね。

どうして縄文人は死者を恐れないのかと言うと、生きていても死んでいても家族は家族、仲間は仲間。仮に幽霊が出たとしても「また会いに来た」とか「何か言い残したのか」とか、あくまで同じ人間として見る、そんな考え方が見えてきます。

 

話の最初に言ったように、これは僕の個人的に思ったことです。

縄文人の心の中は、縄文人に聞いてみなければわかりません。だけど、遺跡の状況からして、「家族が死んでも一緒に暮らしている」と思わざるを得ません。

 

世の中のお祭り騒ぎを見ながらそんなことを考えていたら、もうすぐ10月が終わります。